ざら『しかくいシカク』『ふたりでひとりぐらし、』 - 豚か狼か

自分は大丈夫…な訳ないじゃん            ざら『ふたりでひとりぐらし、』

ざら『しかくいシカク』『ふたりでひとりぐらし、』
04 /25 2017



 自分は大丈夫…というのを信じないようにしております。


 『初代ウルトラマン』の『故郷は地球』でイデ隊員が言うんですよね。『俺たちだって、いつジャミラみたいになるか分からないんだぞ!!』って。この世のあらゆる出来事は延長線上にあるって。



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 さて、今回の『ふたりでひとりぐらし、』は ざら先生が得意とする社会風刺です。つーか、ざら先生の実体験フィードバックしまくりというのがなんとも恐ろしいぜ……。


 さておいて


 俺が『艦これ』に手を出したのが一年前だったりする。『かからない』というのは聞いていたが、誰かが俺を陥れようとしているというコトで、興味はありつつも遠巻きに『大丈夫か?』と疑っていた。なので始めた時は『今更?』と言われたりもした。ちなみにアニメも観てたけどプレイから遠ざかり、小池一夫先生が面白そうにツイートしているのが後押しになってたりする。


 


俺が欲しくて仕方ない夕雲型!!長波をゲット……だと!?ぎぎぎぎぎ…うまらやしい!!俺も5-4掘りしてるのに!!



 …とまあ、そんな感じに楽しめればいいけど、それが度を越えちゃうとマズイ…というのか今回のお話です。


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 作品中、もっともマトモどころか良い子なそらチャンがスマホゲームを始めて



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 課金中毒になる…という(汗)。



 ここで重要なのは『自分はそうならない』というのが大きな間違い…というコト。このテの遊びは足抜けが『治療レベル』というコト。脳内麻薬をうまく出るようにして、癖になるようにしてますよね。そういうの専門の人が作っているのだから。


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 『ウチは大きい』でどちらかと言えば『そうじゃない側の視点』で描いてた、ざら先生が『そうなった側の視点』で描いているというのはオッソロシイ話で。


 で、ここからが重要というか自分として書きたいコトなんてずが、例えば『オレオレ詐欺に引っかかる老人ってバカなの?』みたいな意見に対して俺は『そうは思わない』というコト。おそらく『俺も簡単にハメられる』というコト。なぜなら『それを得意としてやっているヤツ等がハメようとしてくるから』だ。それ専門を甘く見てはいけない。



 ただ、今回は話のオチとして『こういう感じにして欲しい』という落とし処を提示しているのも、やっぱりざら先生の作品です。そういうコト書いている自分ですが、『艦これ』には課金させてもらってますもん。現在5千円也。これが、500円で『運営できないからやめます』も困るし、5万円だと『さすがに使いすぎ』という気持ちになる。やっぱり適度な金額は払いたいトコロではあります(作中で描かれた金額がベストなんじゃないかな?)。酒だってアル中にはなりたくないけど、だからと言ってたまには飲みたいしね。適度な関係…というのを描きたかったんだと思いますよ。


 本当は娯楽に対して、そういう警戒心抱かないようなのが理想なんですがね。



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そっちじゃねー!!           ざら『ふたりでひとりぐらし、』

ざら『しかくいシカク』『ふたりでひとりぐらし、』
03 /22 2017


 一時期テレビでは『ドケチ自慢』とか『節約術』とかやったら放映してたような気がするが、最近はあんまりやんなくなったのかな?テレビはあんまり観てないから分からんのだけど。


 ただ、このテのヤツは『???』となるものが多い。


 ガソリン高騰時に一円でも安いスタンドを探して彷徨っているの放映してたのはさすがにバカなんじゃないだろうか?と思ったものです。あんまり人に対してバカというのはどうかと思うのですが、それを踏まえた上で。が、節約に捉われて本末転倒というのはよく聞きますよね……。


 結論からすると『節約はほどほど程度で』ぐらいが一番効率良いような気がするんですがどうでしょう?



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 今回の『ふたりでひとりぐらし、』はみなもの電気代節約大作戦……というノリでしたが、まあ結果はおして知るべしと言ったトコロでしょう。


 ただ、今回のエピソードは『古典のニオイ』がそこはかとなく漂う。自分の世代で言うと『6時50分からの藤子不二雄アニメ』みたいな。昔の『ドラえもん』は月~金の10分放映していたのよ。今のニチアサが30分の再放送枠でした。


 まあ、何かしようと発奮するも不発……というのをコメディ色強めに描く感じで。が、ここはさすがにざら先生で、やはり一筋縄でいかない工夫がこらされてます。


 そもそもに、みなもというキャラは『親しい人にはおせっかいになってしまう』というフシがある。純粋に良い人なんですよね。だから過剰とも言える今回でも微笑ましい。そして、ハルくんは『一見ぶっきらぼうで他人に対して無関心』という感じですが、実はかなり親切な人でもあるんです。それは『関わった人』に対して静かに発揮される。みなもとハルは対照的のようでいてどこか似ている。そんなキャラの深みを感じるエピソードでした。



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 やっぱり、今回印象深いカットはこれなんですが、テクニック的にも興味深い。


 小さなフキダシ+手書き文字という組み合わせだ。これは、きらら系では『ありそうであんまり無い表現』であり、うろたえるコトとは無縁なみなもが見せた珍しいシーンですね。


距離感と尊敬           ざら『ふたりでひとりぐらし、』

ざら『しかくいシカク』『ふたりでひとりぐらし、』
02 /22 2017
 マンガとかアニメのフィクションで結構気にするのが『対人の距離感』だ。最近の作品だと『ポッピンQ』が良かったですね。呼び方が変化したり、さん付けのコとか呼び捨てのコとか様々だったし。


 そもそもにオタクとDQNというのは『水と油』であって、DQN特有の馴れ馴れしさとかやめてほしい訳で。で、そういうフィクションは俺もダメなんですよ。


 『そういうものだ』という前置きがあるのはもちろんなんですが、エロゲーなどが顕著で『ヒロインに対してやたら馴れ馴れしい主人公』とかイヤですよね。親しみやすさと馴れ馴れしさは全くの別物です。


 で、そういう『対人関係の変化』がマンガでは好きなんですよね~。



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 ざら先生の作品はここら辺がとても念入りだ。一通りの作品読んだと思うんですが、最初はキチンと最初の付き合い方なんですが、時間の経過と共に変化していくのが楽しい。


 さて、今回の『ふたりでひとりぐらし、』はスグミの正月帰郷となっており、妹・摘実が登場しておりります。



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 今回のみなもは4ページ目からの登場なのですが、妹・摘実が即陥落しているのが笑える。なぜ自分が笑ったかと言えば『おかしくて』でなく『微笑ましい』という意味で。そもそもに摘実は学業はどうだか分からないけど『賢いコ』に感じます。おそらく、みなもとスグミの二人から出ている空気を察したのでしょう。


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 なので


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 今回は

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 いちいち回りくどい説明抜きに『みなもとスグミの距離感』が見事に描かれてます。



 ただ、これはもちろん連載開始時であったならば『???』な訳で、時間の経過と共に今の位置になったなあ…と。で、ここが大事なんですが『馴れ馴れしさ』と『親しみやすさ』の明確な違いって『相手に対する尊敬』だと思います。個人的に『尊敬』というの『自然と湧いてくるもの』と考えているトコロがあって、それが無いヤツにな対しては『別にいいや』で済ませてます(社会人としてどうよ?)。特に『俺は〇〇なんだから尊敬しろ!!』みたいな強要型のヤツはアタマが悪いんで近寄らないで欲しいとか思っちゃうし(最悪だ)。



 ざら先生がどういう考えて描いているか分かりませんが、自分はスグミとみなもの間には『尊敬』はあると思います。ガチガチにかしこまっているのが尊敬じゃないんですよね。馴れ馴れしさもまた違う。個人的に人間関係は『尊敬をもって対等とする』が一番いいんだよな~。俺の考え方は一般的じゃないんかな?


THE芳文社             ざら『ふたりでひとりぐらし、』

ざら『しかくいシカク』『ふたりでひとりぐらし、』
01 /18 2017


 出版社のカラーというのはありますね~。横山了一・加藤マユミ先生の『飯田橋のふたばちゃん』なるマンガもありましたが。


 自分は秋田書店と芳文社比率高めです。さて、芳文社と言えば『きらら系』というコトになりますが、きらら系が好きな人はまず読まないであろう『週刊漫画TIMES』という雑誌もある。で、気付いたけど


 芳文社は食い物マンガが好き


 …というコト。『信長のシェフ』とかよくよく考えると戦国時代にタイムスリップした料理人という設定だけでもたいそう狂っていると感じます(誉めてます)。


 そして、きらら系と言えば『カワイイ女の子がキャッキャッウフフ』というイメージが強いが、それよりはなんか食べているシーンが多いような。これを読まれている方で、きらら系作家を目指している人も居るかもしれない。カワイイヒロインというのも大事であるが、旨そうな食い物を描くのも必須だぜッ!!



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 …そして、ざら先生ですが歴代作で最も食事比率高めになってしまったのが『ふたりでひとりぐらし、』だったりする。朱に交われば修羅シュシュシュとばかりに。


 そして、今回はクリスマスサンタネタなんですが


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 あれ…?


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 やたら食い物ネタが投入されている……?



 …と言っても、ざら先生の食べ物って『旨そう』なんですよね~。年々おいしそうになっている。やはり長年芳文社で描いていると自然にそうなってしまうのだろうか?


 まして、『ふたりでひとりぐらし、』に至っては『調理シーンもやたら多い』といううのが面白い。気が付けば『〆切ごはん』に迫る勢いで。これはやっぱりスグミというキャラの存在が大きいんですが、開始当初はこんな感じになるとは思わなかった。やっぱり、マンガは生き物なんですね…。



 こうなってくると、ざら先生の食い物マンガも読みたくなってくる。やはり芳文社だしね。出版社のカラーというのは思いもかけないところで染まるのだろう。



表情         ざら『ふたりでひとりぐらし、』

ざら『しかくいシカク』『ふたりでひとりぐらし、』
12 /22 2016


 マンガが実写と大きく違うのは『落差』じゃないかな?


 現実の人間はシーンによってあんなに表情が変わらないし、そもそも基本目がデカいから居たらリトルグレイになってしまう。それが『マンガの分かりやすさ伝わりやすさ』でもあるんですが。


 なので、マンガは『表情』はとても大切だ。例えば『泣く』にしたって、嬉しいとか我慢してたらこぼれたとか号泣とかイロイロある。キャラの気持ちになりきって描かないとうまくいかないだろう。



 反面、反面として『それを逆手に取った』というキャラ立てもあったりする。いわゆる『無表情キャラ』というヤツ。表情が変わらないのにおかしなコトばかり起きて、そのギャップの面白さでキャラを立てるのだ。



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 今回の『ふたりでひとりぐらし、』はスグミが風邪をひいてダウン!!心配になったみなもは看病しますが…というものでした。で、ハタと気づくんだけど



 みなもは表情が繊細だ


 …というコト。みなもというキャラはアップダウンの幅が狭い。大きな事件があってもうろたえるコトは無さそう…そんなキャラだ。が、だからと言って『無表情キャラ』という訳では無い。


 今回はそのみなもというキャラがとても立っている。本人としてはスグミがダウンして『実はかなり心配』なんですが、いつものみなもらしく『常に微笑をたたえている』というコト。ここからキャラの微妙な感情を『読む』というマンガならではの面白さが滲み出ている。


 マンガ入門書の論法に従えば『キャラクターの表情は思いっきり炸裂させて読者を魅了しよう』というコトになるし、それを逆手に取るのが『無表情キャラ』であった。が、今回の『ふたりでひとりぐらし、』を読んで知った。



 みなもみたいな表情の描き方でキャラを立てるコトができる…と。


 いや、これももちろん『知識』として知ってはいた。知ってはいたが『理解』という域ではなかった。なんか『ガチッ』と音を立ててパーツが組み合わさったような感覚だ。やはりマンガは奥が深く知るのが楽しい。



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 感情オープンで意外に打たれ弱いサンゴ先生はみなもと反対ですが、これはこれでカワイイとも思います。




学祭……ただし家の中で                ざら『ふたりでひとりぐらし、』

ざら『しかくいシカク』『ふたりでひとりぐらし、』
11 /23 2016


 マンガ家の資質的なトコロでイロイロあるんですが、得意がかなり異なるのが面白いトコロだ。


 きらら系、と言っても本当に得意とするのが違う。華やかな引力を持つマンガ家さんもいいのですが、自分の好みとしては巧い方ですね。巧くてキャリアと共に確実に向上しているタイプのマンガが好きです。


 無印きららですと、巧い方が多い印象が。まず、荒井チェリー先生と湖西晶先生ですね。そして、三上小又先生だ。まだ一巻しか出してないけど『サクランボッチ』の悠理なゆた先生も『巧い』のベクトルに行きそうな気がする。若手の中では最も試行錯誤の感じられるマンガ家さんです。


 で、毎回記事にして毎回唸らせる巧さのあるマンガ家さんは、ざら先生ですね~。



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 今回の『ふたりでひとりぐらし、』は学祭というきらら系ではおなじみのシチュですが、家の中で模擬体験という微妙にずらして展開させているのが面白い。エロゲーにおけるパンツをずらして挿(以下検閲における削除)みたいな意外性で。



 ざら先生の作品の魅力は『構成』だと思います。先ほど『人それぞれ』と書きましたが、構成力がマンガ家評価を決定づけるのならば、ざら先生はきらら系のトップと言ってもいい。きらら系はいよいよ長いけど、前作『しかくいシカク』の第一話はその中でも衝撃的なものがありました。『機動戦士ガンダム』の第一話は完璧……という意見をよく耳にするケド、きらら系なら『しかくいシカク』の第一話だ。いまだにあれが僅か八ページで成立しているのが信じられない上に、クライマックスシーンでカメラを空高く放り投げる構成がすごすぎる。カメラマンガ=神経質・難しそうというイメージをブッ壊したしね~。


 いつもスゴい構成ですが、今回はかなり読み返した!!ホントにこの情報量をやっぱり八ページで収納している。しかもキツキツ感無しで!!冒頭と締めが対になっていて、これはもうパーペキである。



 巧いマンガというのは本当に魅力的です。自分はマンガというものの底なしの面白さが好きですが、この『巧いマンガ』というものこそアッピールしたいんですよね。マンガによって良い部分は本当に違うけど、巧い系マンガはツボるとマンガそのものがやめられなくなるから!!



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 前回はこんな記事書いたけど、やっぱ珊瑚先生に対してはみんな同じコト考えていたのね……。



雑とか残念とか、あとニャンコ          ざら『ふたりでひとりぐらし、』

ざら『しかくいシカク』『ふたりでひとりぐらし、』
10 /25 2016


 いきなりであるが『モンハン』においての俺の武器はランス!!ランスしかない!!ガンランスなど邪道!!なぜならランスには突進があるからだ。まず使わないであろう突進をメインに使う!!それが俺!!


 理由は『うしおととら』の獣の槍で突進しているうしおに憧れているから…というのがマジだったりする。いつ企画クエストで獣の槍がゲットできてもいいようにと俺は突進ランサーになっていた。そして、それは叶った。獣の槍は棍扱いになっていた。



 俺はマジで心が折れて『モンハン』をやらなくなってしまった(多分、こんなの俺だけだと思うけど)。だから俺は『艦これ』に逃げた。『艦これ』の数多のヒロインに癒しを求めた。


 『艦これ』はプレイヤーの思い入れを聞くのが楽しい。ヒロインが多いから『その人は誰が好きか?』を聞くのが面白い。好きも方向性が個人の中にイロイロ存在しているんですよね。自分の場合だと高雄・巻雲・鈴谷・阿賀野あたりがケッコンを前提とした育成(高雄は済み)なんですけど、これってなんとなく使っているうちにキャラに愛着がわいたというのがあるなあ。



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 さて、今月の『ふたりでひとりぐらし、』は珊瑚先生のウェイト高めです。


 マンガとかのヒロインは『いくら好きになっても構わない』というのがあるんですが、自分が若かった頃だとこういうキャラはむしろ苦手だったような気がする。この『ふたりでひとりぐらし、』という作品であるならば『みなもというキャラの為のマンガ』なんて思っていたに違いない。



 ところが、どういう訳だか『雑』とか『残念要素』のあるキャラが年々好きになってきたんですよね。例えば『艦これ』の高雄って、なんかヤラレ臭あったり、意気込みが空回りしているトコロがあって『こういうのがいいな~』とか感じるようになってるんですよね。



 珊瑚先生も天才の領域の人なのにとても残念な人なのが美味しゅうございます。変な話だけど、ガキの頃は『何で老人は植木等が好きなんだ?』と納得いかなかったんですが、それはまだまだ分かってないトコロがあったんですよね。珊瑚先生のテキトーさは作品のムード作りに大きく貢献しております。



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 あと、今回はネコも出てきておりますが、ざら先生の描くネコはかなり好きだったりする。前作『しかくいシカク』のニャンコ師匠なんかもイイ味出してたなあ~。ひょっとしてニャンコ師匠とヒラグモはネコ同士の繋がりがあるかもしんない(という予想)。

流動する学び方           ざら『ふたりでひとりぐらし、』

ざら『しかくいシカク』『ふたりでひとりぐらし、』
09 /27 2016

 手塚治虫先生の『ブラックジャック』にマンガ家を目指していた旧友と再会するという話があるんですが、その旧友は家庭環境が悪かったり貧乏だったりして、悪く言えばマンガで一山当てようみたいな考えでした。



 『マンガは紙と書くものさえあれば出来る。ボクはこれで頑張るよ』



 …と。その真摯な情熱にブラックジャックは感化されていくのですが……


 現在のマンガ事情でこんなコト考えているヤツは駆逐されっかんな!!



 というコト。『マンガが当たれば儲かる』『マンガ家は絵が上手ければなれる』『マンガが当たれば社会が認めてくれる』等々。俺が知る限り、そんな考え方でマンガは成立しない。昔はどうだか知らないけど、今現在はとっくに過去のものだ。



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 ただ、ここで誤解いただきたくないのは『そういうのは努力じゃない。無駄』という考え方では無い。つーか、そのテの会話に持っていって否定するヤツは単なる怠け者だ。



 さて、今回の『ふたりてひとりぐらし、』は小学館ロゴとしか思えないトビラ絵ですが、ズバリ『学び方ってなんだ?』です。実際、俺は『学ぶ』というのが全然ダメだ。度々書いているけど、まず学校の授業のやり方は全く相性が悪い。ノート(メモ)を書いて覚えるというやり方が全く適合できないのだ。あと、理解が全くできない。授業方式を理性で解するというのが全くできない。そもそも面白く無いし、やりたくない。



 まあ、これは開き直りですが『学校って教え方が悪い』としか思えない(俺にとって)。時代は刻々と変化しているのに旧態依然としすぎていやしないか?とは思うが、ハッキリ言ってしまえば『そもそも学校(義務教育)は学問を習得する場所ではない』というコト。規律・調和・従順さを習慣づける社会訓練だ。コレ、俺は否定してないしむしろ肯定だ。じゃないと、治安やモラルが悪くなる。



 が、大学は勉強する場所です!!そして、好きでやっているコトを好きにやっていいんです!!という雰囲気で描かれていたのが今回でした。『規律を叩き込まれる』というのは合わないヤツはとことん合わない。その合わないヤツって、昔で言う『不良』というコトなんですが、そういうの今は居ないです(DQNは居るが)。適合して無いヤツって『諦めている』から案外おとなしいんですよ。



 ただ、その苦行を曲がりなりにも耐えたら、あとは好きなコトしていいんだよ、って考えれば今回の『ふたりでひとりぐらし、』は自分の考え方に合致しているものではあります。




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 マンガ製作の小ネタですが、やっぱりみなもは天才肌でしょう。ただ、これ言っている人って『本当かよ?』ってイジワルな質問したくなりますね。



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 実際はコッチが本当な気がする。マンガって『誰にも分からない』んですよね。それを少しでも理解したいから勉強するんですよ。勉強というのは本質的には『欲』なんです。むしろ醜くてみっともない感情なんですよね。


解りすぎた男           ざら『ふたりでひとりぐらし、』

ざら『しかくいシカク』『ふたりでひとりぐらし、』
08 /18 2016



 童謡で好きなのが『グリーングリーン』なんですが、これは『少年から大人になる歌』と解釈しているトコロがあって、歌詞にも書かれているように『この世に生きる喜び、そして悲しみのことを』というのが素晴らしいとか思ってます。



 さて、大人とは何か?


 これは人によってイロイロと解釈があると思うし定義付けも難しいだろう。『責任が大きい』とか『やれるコトが子供より大きく多い』とか『収入』とか『働いている』とか千差万別だ。


 自分にとっての大人の定義は『解っていること。そして、できるだけニュートラルな判断を下すこと』だと感じてます。そして、その定義で考えると『大人になるというのは悲しみがある……その悲しみを感じないが』とも思う。なんつーか、そんなに歓迎できるコトじゃないと思ってます。




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 今回の『ふたりでひとりぐらし、』はきららジャンプになトビラ絵ですが、なかなかにハードな要素を詰め込んだ回でもあります。実は、ざら先生の作品は『たまにこういうコトやる』というのがあって、『ふおん』だと『学費が払えなくて退学する生徒』とか『しかくい』ならモモ先輩の好んでクラスメイトと距離をとっている処世術とか。


 サメ出現に対して『自分が助けに行く』と支度しながら一言


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 この中でいちばんいらない人間だろ



 というハルくん発言!!確かに過去には



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 アニメヒロインを嫁にしたい?と聞かれてこんなコト言ってましたが。



 まず、ハルくんのこの発言は『卑屈』でも『かまってちゃん』とかの類では無い。思うに彼は『解りすぎている』のだ。そしてそこから『ニュートラルな判断』をしたに過ぎない。他の人はどうかは知らないが、自分は彼を『大人過ぎた』と感じた。


 むしろ『みなもやスグミにカッコいいトコロ見せたい』ぐらいの欲っ気がある方がいいんですよ。彼はあまりに大人過ぎて(理解が適正である)『周囲に期待してない』んです。ただ、状況から判断して『これがニュートラルな判断』となっている。おそらくこれまであまりに手がかからな過ぎた。理解が適正だから面倒避けて感情を前面に出すのは『無駄でカッタルイコト』というのを知りすぎていたのだ。そして、周囲も手がかからないのを幸いに彼を『見てなかった』のではなかろうか?


 『チヤホヤ』はもちろん、『構う』ともちょっとニュアンスが違うのですが『見る』というのは人間にとってとても大事なコトなんです。どんな優秀で善良な人間もそれが無いとダメになってしまう。



 だけど、ハルくんはむしろ美徳のある人間なんですよね。


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 過去には寿司をごちそうしたり


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 みなもの私物を濡れないようにコッソリと行動してたり



 おそらく、彼はこれまでもそういう『優しさ』を行っていたはず。それを誰も『見てなかった』のが問題なのだ。チヤホヤとか褒めたたえるとかしなくていいんです。『見ている』というコトが重要なんですよね。



 スグミはついついブン殴ってしまいましたが、俺はそういう意味では暴力は賛成である。『スクールウォーズ』で『人が暴力をふるっても良い2つの状況』ってヤツで。むしろ『解りすぎた男』を言葉で説き伏せようなんて無駄。



 だから、今回は、少しだけハルくんは前進できたんですよね。




巧さを魅せる回       ざら『ふたりでひとりぐらいし、』

ざら『しかくいシカク』『ふたりでひとりぐらし、』
07 /27 2016


 マンガブログを続けているコトで笑ってしまうのだが、『やればやるほどマンガの奥深さに魅了された』というのはある。


 そして、マンガ家さんにはイロイロなタイプがあって一緒くたに作品をみてはいけないし、良い部分に気付くのが楽しいのだ。もっと、その作品を好きになるからね。マンガブログは自分がマンガを楽しむためでもあるのよ。



 さて、その中でも『きらら系』だ。思うにこの雑誌はマンガ家さんのレベルは平均的に高いと思ってます。いや、マジで。だから大マジだって言ってンだろ!!ただ、この手のマンガ誌はジャンプ・マガジンのようなメジャー誌的な読者でもなく、さりとてサブカル方面の評価の対象でも無い。実は濁りっ気ナシの生粋のマンガ誌のような気がしてきた。フルコンタクト実戦マンガ記事というアチョーなコトを提唱し、片道切符で単身敵地に乗り込み『そのあらすじ紹介みたいなの、それもしかしてマンガ記事?』と挑発するようなスタンスでいたいンや!!(空手バカ一代参照で)



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 一般的に『きらら系』イコール『萌え四コマ』と括ってみると『若い女の子がキャキャウフフしている』というイメージがあって、それが安易に思っている方もいらっしゃると思うのですが、それは別に構わない。ただ、もしマンガを『理解したい』と首を突っ込んでいる方であったならば、それは『恐ろしさを知らない』というコトだ。



 八ページで一話をまとめてしまう


 ……これだけ。ただ、これだけの条件を満たすコトの『恐ろしさ』を理解できないでマンガに首を突っ込んじゃいけない。



 その中にあって、その八ページに高密度に内容を入れてくるのは、やはりざら先生でしょう。特に今回の『ふたりでひとりぐらし、』は旅行シーンですが、読み終えてみると週刊連載マンガの三話分ぐらい読んだ…という気になる。実際に、そのぐらいの出来事がある。


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 そして、ここからのシメへの繋ぎですが、こういうベクトルでアイディアを出せるマンガ家さんというのは本当にスゴイ。これはいかにもざら先生の味わいだ。


 自分、望月三起也先生とか横山光輝先生、現役バリバリだと荒木飛呂彦先生みたいに『枠があって、アイディアでアッと言わせる』というタイプの巧さが好きなんですが、実はきらら系って構造上そういう縛りが常にあってマンガ難易度は高い方です。


 すっかり定着したきらら系ですが、ざら先生の作風は本流中の本流でしょう。




宇都宮 勇

魔中年の書く、かなり結構ダメダメなブログです。週刊少年チャンピオンの感想記事をメインにやってます。

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