増田英二『実は私は』 『さくらDISCORD』 - 豚か狼か
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視点            増田英二『週刊少年ハチ』

増田英二『実は私は』 『さくらDISCORD』
11 /04 2018



 ネロは目の前が真っ暗になりました



 …とまあ、これは『フランダースの犬』で、絵画コンテストに出したネロが一等賞を獲れなくてショックを受けるシーンなんですが、俺はこともあろうにゲラゲラ笑ってしまった。


 だって『ラクガキの延長程度のレベル』で『別に絵に詳しく無い周囲に持ち上げられていい気になって』『他にコンテストを出す方々は間違いなくネロより一生懸命に時間をつぎ込んで切磋琢磨しているのに』『一等賞を獲る未来が確定しいてると信じきっている』ってことがたまらなく滑稽であり、コイツ、バカだなぐらいにしか思ってないし、今もそれは変わらない。



 が、当時それを熱心に観ていた姉に人間が腐っている。人でなしと実に感情的に罵られた。後にこの作品のラストシーンは『懐かしのアニメ感動シーン』として何べんも放映されたが、バカが野たれ死んだだけじゃん程度にしか感じてないのよ。



 ただ、自分に合わない=ツマラナイ無価値な作品って図式もまた嫌いである。『なぜ、感動するする作品として支持されるのか?』という疑問はずっとある。で、辿り着いたのが『根本的な視点が違う』んじゃなかろうか?というコト。主人公=自分という視点で感情・その場の勢い優先で観ているという『資質』の問題であり、そしてそういう方はかなり高比率で居るんじゃないだろうか?




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 うわぁ…気持ち悪りぃ……。



 今週の『週刊少年ハチ』の印象である。俺の視点からすると『思いつきで大して好きでも無いマンガ始めたら、スジが良いどころかチートと強運と若さの体力だけで三ヶ月程度でうまくいってしまい、なんだか良く分からないけど周囲がカリスマとして崇めたたってくれる』という感じ。これに感情移入できない……というか受け入れたら危険だという警戒サイレンが鳴りまくってます。このプロセスには納得いかない。



 が、この作品の感想を見てみると好きな方はかなり感情移入しており、興味深いのが『熱い』という共通ワードを使っているコトである。そして、これはおそらく本気でそう感じているというコトである。



 これは『結構面白いな』と感じる。俺、自分と違う意見に対して『なぜ?』が先行しちゃうタイプなんです。『なぜ彼等は面白いと感じているのか?』という部分に。



 そして、やはりこれは『読んでいる視点』だと思うんですよね。主人公=俺であり、それがプロセスなんか『どうでもいいから』『困難を越えて』『とにかくサクセスが気持ちいい』『とにかく俺を肯定してくれると気持ちいい』と言った感じで。読んだコト無いんでナントモですが流行りの『なろう系』というのは、つまりそういう読者に支えられているのか?




 自分にマンガ描く能力がどんなにあっても『描けない』ってタイプのマンガは存在する。だからその逆に『俺にしか描けないマンガ』があって、それが誰かにストライクだったりする訳でマンガのそういうトコロってとても惹かれるなあ…。




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優先順位の不可解              増田英二『週刊少年ハチ』

増田英二『実は私は』 『さくらDISCORD』
09 /22 2018

 趣味でのラジコンを最近は再開しつつありますが、コイツは『人間のレベルを上げる趣味』として認識している。自動的に学ぶのだ。



 その要素のひとつに『優先順位』というのがある。まずレース日程があるから、それまでにマシンを仕上げなくてはならない。その間、仕事なり用事なりが入ってくると『ここまでしかできないな…』という制約が出てきたりする。例えば『タイヤを組んでおく』は最優先事項だ。『手間の割に効果が最も大きい』から。そうして優先順位を決めていく。そして、レース中に思わぬトラブルが発生した時も『どれを優先するか?』という判断の連続なのだ。だから面白い。



 他にも『投入できる金額はここまでだからどれに割くか?』等々の連続である。




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 なら学校休めよ。あと、寝ろ!!



 これは大真面目に書きますが、いわゆるマンガ専門学校というのはすこぶる評判が良くない。そもそも『食っていく為の資格取得の場でない』という他の専門学校と大きく違うトコロがある。俺も再就職にあたってフォークリフトの免許とったけど、ある意味それはそれ以下の価値なのだから。



 だけど、マンガは訓練が大事だと思っているので、濃密な授業でショートカット…あるいは一人では得られなかったスキルや気付きを与えるという意味では『マンガ家を目指す方』には有効な方法ではあると思ってます。実際、某マンガ専門学校マンガはキチンとそれが描かれていた。世にあるマンガ専門学校がそのような場所であるならば『意味はある』と感じますし、そこで働いている現実の講師も、そういう方は多く居るはずだとも信じてます。




 このマンガの何がヤバイって学校が足枷にしかなってないんだよな……。ランク分けとか意味無いじゃん。えーと、上のヤツが下に精神的マウントとる……とか?



 今回の展開になった場合『最も優先順位の低いコト』なんです。原稿はもちろん、それを完遂するための『睡眠を削る』なんてもっての他です。作中でも描かれているけど『若さがそれを可能にしている』って訳で…これは特に個人的意見なんだけどこれからのマンガ家マンガはこういうの描かないでほしいんですよ。作れるはずの睡眠時間を削るなんて『あってはならない』んです。マンガ家マンガだからこそ。


  若いからそれは『一見出来ちゃっているけど、大きな勘違い』なんです。



 しかし、ネットなんかでよくみる『日本人は海外に較べて生産性が低い』って意見は、フランスかぶれのイヤミかよっ!!とか思っちゃうんですが、この展開を疑問を感じずに読めちゃったらたいそうヤバいと思います。マンガだから……マンガ家マンガだからこそ『優先順位』というのをキチンと示して欲しいんですよ。



???            増田英二『週刊少年ハチ』

増田英二『実は私は』 『さくらDISCORD』
09 /15 2018


 線引き



 コイツができないで何でもリアルに照らし合わせるヤツはフィクションに向いてない…というのがある。例えば、バイクマンガなんかで『ノーヘルで走っている!!』とか言ったりするのは『向いてないからやめたら?』って感じになる(特に昔の作品に)。このヘルメットを被ってないというのは『キャラクターの表情が分からなくなるので、マンガとしての盛り上がりを優先させた』というコトである。


 チャンピオン誌であれば『弱虫ペダル』のヘルメットがそれにあたる(作画時間短縮もあるんだろうけど)。それを言う人は『銀行強盗がヘルメットを被る理由を理解できないアタマのかわいそうな人なんだな』と思うコトにしている。


 が、ちょっと前に放映されたバイクレースアニメで現実にある競技を題材にした作品があった。『試走行で感触を知りたいから』という理由でノーヘルで飛び出してしまうシーンがあって、『これはナシだな』と思った。もちろん前述の『表情を出したかった』というコトなのも理解できるが、それ以上にシビアなレースの世界を描く…となるとナシに感じてしまう。



 ここら辺は意見が分かれるトコロだと思いますが、現実にあるものがをフィクションに落とし込もうとする時は『マンガだから盛り上げを優先させた』というのが通じない領域はあると思います。




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 なら持込すりゃいいじゃん。



 今週の『週刊少年ハチ』の冒頭で結構な比率の読者がそう思ったのではなかろうか?このマンガ、一時が万事この調子なのでクラクラする。このマンガの『線引き』ってのが全く見えない。いやいや、お前らそんなコトやっているけど『炎上騒動に対しての学校への非難』はどうなっちゃったの?これを作品盛り上げる為に使った以上はアンサー出さないとマズイでしょ!!



 これがファンタジーマンガバトルマンガであれば『そういうもんだろ』と捉えられるのですが、マンガ家マンガって基本的に『読者の納得』のハードルが高いジャンルだと思うんですよね。フツーにマンガ楽しんでいる人ってマンガ家マンガを手に取らないイメージあるし(ここら辺、バクマンはうまくやったと思います)。



 むしろマンガ専門学校を舞台にするんだったら『ガンガン持ち込やって、あの担当は使えない別のトコに持ち込む』とかフルコンタクト実戦型として『使える方向』にすれば良かったんじゃないか…という気も。このマンガはどうも体裁というかカッコつけに走っているように感じる。それが心地良い方もいるだろう。そして、それこそがマンガの在り方という気もする。



 なんだけど、この線引きが不安定な世界観はどうにもツッコミをいれざるを得ない。いくらなんでも場当たりが過ぎる。


凡人という言葉の甘え               増田英二『週刊少年ハチ』

増田英二『実は私は』 『さくらDISCORD』
09 /08 2018

 今年の甲子園の決勝戦はまるで野球マンガのような組み合わせであった。



 が、ここで冷静に考えてみる。




 『努力した量が報われるべきだ』と考えるならば『それはほぼ間違いなく名門校の側』なんです。それを見誤っちゃいけない。間違っても『俺たちに近い位置にいる人間が勝利すべきだ』という認識になっちゃいけない。『凡人』という言葉に甘えちゃいけない。





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 このマンガ好きな方には本当に申し訳ないんだけど、俺個人はイライラする…って言わずにはいられない。言わせてくれ。で、このマンガのドコにイライラしているかってようやく気付いた。



 凡人って言葉に甘えている



 …と俺が感じてしまったから。他の方はどう感じているかは知らないけど、俺はこれがイライラするんだよ。ちなみに人間はイライラするものに吸いつけられる習性があると思うのでこりゃもう仕方ない。そもそも俺はマンガに対してガチなんだから尚更。



 俺もこのブログでよく『マンガは才能では無い』と書いてます。



 マンガって『キチンと向き合えば相応の見返りがある』って思っているから。なんつーか鏡みたいなもので、生まれながらに顔立ちが良いっていうのが才能ぐらいにしか感じてないのよ。それが月日と共にブサメンでも『いい顔』になるし、イケメンでも『醜い顔』になったりするものです。



 そもそも、このマンガって『凡人』では無いんです。昔読んだマンガ家マンガで『地道にマンガ描いている主人公見て、俺もやってみようかな…って軽いノリで始めた友人がサッサと編集に見初められて激しく動揺する』ってシーンがあるんですが、このマンガの主人公こそが凡人であり、最終的にはマンガ家になってアンサーを出したしなあ。



 それは気の遠くなるような地道で『でも俺にはこれしかないから』って続けてきた結果で、マンガのそういうトコロってフェアだと思っているんです。このマンガで描かれている『凡人』は甘えを感じてしまうんですよ。『凡人』をね、免罪符にしているような覚悟の無さを。



 確かに増田先生のマンガって『覚悟が足りない』って感じるコトが度々あって(それで実は私はをドロップアウトした)、このマンガだと『鬼灯先輩を殴ろうとしたシーン』なんかがそれです。人を殴るってのは決定的な決別だと思っているですよ。このマンガの場合『結果、殴らずに立ち消えになった』ってだけで、自分の中では『殴ったに等しい。決裂』って感じで、『ネームできたから見ませんか?』なんて絶対に言えない。決裂するっていう覚悟が足らない。



 が、これはマンガなんで『読者に喜んでもらう』という定義からすれば、むしろ自身の考え方のがそぐわないのかもしれない。でも、マンガに対してはガチなんで『俺には無理』ってなっちゃいますね~。マンガに対して『凡人』って言葉を免罪符にしたくないんですよ。あろうがなかろうが、マンガに対してそれを使ってはいけないって思っているんですよね。マンガは向き合えばキチンと見返りがある、この世で稀有なものだからって信じているから。



 あと、主人公が食い物を粗末にしちゃダメだろ。こういうコトは書きたくないんだけど、やはり食い物に関してはツッコミ入れざる得ない。

マンガ文法、各々      増田英二『週刊少年ハチ』       

増田英二『実は私は』 『さくらDISCORD』
08 /27 2018


 チャンピオンの偉大な先人の作品として、横山光輝先生の『バビル二世』は外せないだろう。



 普通の少年が、超能力を得て世界征服をたくらむヨミと戦うストーリーで、今のマンガに最も影響を与えているのは『バビル二世』ではないか…とすら思えてくる。


 が、個人的に感嘆しているのが『その超能力にも制限がありますよ』というマンガ文法が明確化されているコトにある。例えば主人公は陸海空に分かれた『三つのしもべ』がいるのですが、実はこいつはヨミの近くでは『使えない』となっている。便利な超能力でも『これはできない』等の線引きがなされている。『仲間がやられた!!くそぅ!!』と何の前フリもなく覚醒したりする、現代の作品のが雑だったりする。



 もちろんマンガってのは『楽しんだらオッケェ』だと思っているので、そのノリが合致する方は存分に楽しむのが良いだろう。が、それを認めるというコトは『楽しめないヤツが発言する』というのが無くてはフェアでは無いし、そういう方の為の作品があっても良い。それが多様化だ。


 俺は『嫌なら読むな』『楽しめなかった理由など書くな』みたいな考え方はアリだと思うけど、俺個人は認めないと考えてます。





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 むちゃくちゃすぎてすごい……。



 このマンガを楽しまれている方には申し訳ないし、その気持ちは個人として大事にしてほしいのですが、俺は『別な意味で面白くなっている』のが『週刊少年ハチ』だ。この作品は『盛り上げ重視!!マンガ文法は忘れろ』というノリがスゴい。仮に俺がマンガスキルを完璧に得て、着想力も比肩できる者がいない領域に達していても『描けない作品』だな…と感じる。絶対に描けない。ブレーキがかかっちゃう。



 今週の話は『イイ話』として着地させてますが、いろいろと『ええ…?』という疑問符のオンパレードだ。『二位以下のチームは作中で描かれなかったけどどうやっていいねを稼いだのだろうか?(なんか算数レベルで数が合わない)』『世間からの学校への非難はどうなったの?』等々なんですが



 『退学はしてもらうけど、これまでの学費は返却してツテのあるマンガ学校に編入できるようにする』



 …ってのはかなりムチャクチャだ。いや『これは皆が本気になるように仕向けた訳で退学はありません!!』となったら『ふざけた展開』ってなるだろうけど、『進路数ヶ月で宙ぶらりん』も後味を悪いのでこうしました…というやっつけ感はどうしても感じる。なんつーか、盛り上げる為に主要キャラ殺して『どうせ生き返るんだろ』って思惑が透けて見えるような。悪評がたってその渦中の生徒なんか受け入れたくないでしょ。マンガ学校としては『あの有名なマンガ家さんを輩出しました!!』というのを最も得たい称号であり、それが実利にも結びつくんだから。



 これが『その個人のマンガ文法に抵触しない方』となれば良いし、盛り上げを優先させたコトは分かる。が、やっぱり『大きな疑問を感じてしまう』のは俺がマンガに対してガチなトコロもあるんだよな~。そう言えばちょっと前までマンガ家さんからは『半分、青い』がイロイロ突っ込まれていたしなあ…。



 あと、エンマ先生をはじめとして『キャラクターがブレブレで衝動的に言動している』って感じちゃうなあ…。特にこれが読んでてクエスチョンを肥大させている。盛り上げ重視の作品ってのはこの領域までいける…というのは皮肉でもなんでもなく『興味深い』と感じてきている。



 これは本来の興味の持ち方では無い…というのは重々分かっているが、別な意味で興味深い領域に入ってきたなあ。









静かに深く…             増田英二『週刊少年ハチ』

増田英二『実は私は』 『さくらDISCORD』
07 /21 2018



 マンガに限らず創作というものは『狂気を描く』というのも題材のひとつとして揺ぎ無いものだと思う。



 が、結論からすると『ナチュラルに狂っているのには勝てない』という気もする。なんつーか『自覚が無い』が故の強さ…として。




 マンガでキチガイが出てくれば『たいてい分かりやすい』し、過激な言葉・破壊衝動による主張になるが、自分は『静かに深く狂っている』というのに惹かれる。ただ、これは『ブッ壊れていて自覚が無い』が故の強さでもあるんだろう。





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 うむ、事件の経過から分析しているな!!



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 いや、だからなぜそうなる?



 この思考プロセスは全く理解できないし、静かに深く狂っているな~と。




 以前は『ブラック企業はどうしてできるのか?』みたいに書いたけど、これはもう『悪い新興宗教に染まってしまった若者』の思考のそれである。そういう人たちも最初は『考え方を広げたい』という知的好奇心があったと思うんですよね、そういうポジティブなトコロはいい。が、いつしか『手段が目的にすり替わってしまった』というコト。




 このマンガは『マンガ家になる』という目的として『専門学校に通う』という流れであったのに、いつのまにか『ボクたちが学校を守らなくちゃ!!』というものにすり替わっているのがたいそう狂っている。希望に燃えて純粋なだけにヤバい。こういう人に『ちょっと待て考えろ』と言っても火に油でなくてガソリンぶちまけるみたいなもので、余計に悪化するんだよな~。



 新興宗教に例えましたが、こういうシーンを俺は社会人になってからなんべんも見てきた。これは狂気だ。身近な狂気だ。







 あと『マンガに対して才能という言葉を道具にしない』というコト。これに関しての是非は各々持っていると思いますが、自分は『マンガに対して才能という言葉を道具にしない』というのを自分の中のルールとして課してます。マンガは案外フェアだと信じてます。


しょ…正気か?             増田英二『週刊少年ハチ』

増田英二『実は私は』 『さくらDISCORD』
07 /07 2018





 昨今、話題になっているのが『ブラック企業』の存在だ。


 理不尽な要求をして従業員を磨耗させる…。まあ、俺もちょっと前までそういう仕事してて『これは確実に死ぬな…』と思って離脱しましたが。



 ただ、これは『企業側だけに問題がある訳では無い』というコト。これを読まれている方でひょっとすると社会人前・なりたての方もいるかもですが、こういう状況にしてしまう『内部の困ったヤツ』というのが存在するんです。なんつーか、働きアリ理論で、何割か確実にサボっているんだけど、それを排除しても比率が変わらない……みたいな。その状況に馴染んでしまい、あろうことか『それ違うだろ』というポジティビティを発揮し、周囲を巻き込んでしまう……。もちろん本人にその自覚は無い。




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 しょ…正気か?



 今週のこのシーンに胸を熱くした方が居るのも分かる。『こんな状況でさらにポジティブに邁進する主人公』は輝かしく見える方も居るだろう。ドラマの流れとしては良いと思う。



 が、設定からすると『正気か?』となってしまうのが俺の視点です。これはもう『ブラック企業の縮図』だ。ブラック企業というのは必ずこういうヤツが居る。やっぱりヤル気になっているヤツは立場的には上の空気になってしまう。



 だが、待て。



 このマンガのキャラクターたちは『マンガ家になる』が目的なのである。今の試練は『照らし合わせてどうなのだろう?』というコト。あと、ニュースになってしまった以上、この経歴は汚点にしかなんねぇぞ……。それこそSNSで炎上したら後々尾を引くし。昔、すんげぇ嫌いなマンガ家が案の定炎上したけど、その後は仕事がパタッと入らなくなったしなあ……。



 新しいコトをするってのはマンガでは大事なコトだし、この作品のそういうチャレンジングなトコロは良いとは思うけど、まあイロイロとおかしい……狂っていると言わざる得ない。


【拡散希望】          増田英二『週刊少年ハチ』

増田英二『実は私は』 『さくらDISCORD』
06 /14 2018
 

 ええっと『週刊少年ハチ』なんですが一応は読んでます。好きな方には申し訳ないけど、この作品に関しては全く共感も憧も今のトコロ無いです。『とりあえずマンガ描けよ』と感じつつも、なんだかアサッテの方向へ突っ走っているのは面白くもある。


 なんつーか、このマンガは『照れ』があって直視しづらい部分もあるんですよ。『特に何もしてない口だけ主人公』がどういう訳が周りが勝手に高い評価を出していくのは読んでて照れる。繰り返し、この作品が好きな方には申し訳ないんですが。いっそ、エロゲーだったら『こういうもんだ』と割り切れるんですが。



 さておいて



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 地上絵作戦……というコトなんですが、ヤナ予感がヒリヒリする。



 いや、話の流れから『手応えアリ』にはなると思います(ここまでこぎつけるのにかなり話数使ったし)。が、マンガセオリーからすると『ここから困難が一つ入る』→『解決』というコトになると思うのですが、これがヤナ予感ってヤツでして。



 『学園モノでみんなで花壇を作れば、次の回でメチャクチャにされる』という作劇方法の亜流ではなかろうか?ええ、例の先輩がグチャグチャにするって寸法で。



 ただ、これやっちゃうと『さらに話数を使う』ので『マンガはどうした?』という今までのフラストレーションがさらに溜まるし、そしてコレやっちゃったら『人間関係修復不能』だと思うんですよね。決定的な決裂で読者が納得するアンサー出せるのかな?バトルマンガなら相手ブン殴って成敗して、そこから気合と根性で『もう一回描く』って方法もあるんだけど……。



 ひょっとして例の先輩が【拡散希望!!ぼくたちが作った地上絵をメチャクチャにされました!!許せない】とかツイートして。炎上からのポイント稼ぎで生き延びる……という展開もアレだしなあ。『人間はね、明るい話題よりこういうムナクソ案件のが釣れるんだよ』とか言っちゃったりして。





 さりとてこのまま『うまくいった!!』であったら『物足りない』になるだろう。




 …ヤナ予感がする。



面白物件マンガ            増田英二『週刊少年ハチ』

増田英二『実は私は』 『さくらDISCORD』
04 /01 2018


 『それは分かるけど、言わない方がいいよ』



 …というのが世の中だ。SNSの発達なんかでそれは強く思う。『まあ、やっぱりそう思ってたんだ。だけど、言うコトじゃないよな。全員が不幸になる』という感じのアレ。



 当マンガブログにおいても『自身の楽しみ方が反感しか買わないから黙っている』というのは結構あって、それが『面白物件マンガ』である。『面白いマンガ』でなくて、『面白物件マンガ』である。ニュアンス的には卑屈な顔をしながらハアハアしているような。



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 記事を書かなくなってましたが、実は『週刊少年ハチ』は俺にとっての面白物件マンガだったりする。この作品が好きな方を不快にさせるとかはしたくないんで今まで我慢してましたが、キャパが小鞠ぐらいに矮小な俺としては『ごめん、ちょっとだけ控えめだから書かせて』という感じで。


なので、以下はたたみます。


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全員アナログ…だと?            増田英二『週刊少年ハチ』

増田英二『実は私は』 『さくらDISCORD』
02 /17 2018

 マンガ家マンガではたいてい主人公はアナログだ。


 なぜ?


 おそらく『その方がマンガ映えするから』というコトになる。が、さすがにこの時世では『いかにフィクションの世界』であっても厳しいし、多数のライバルたちまでアナログであっては『説得力に欠ける』という気もする。ここら辺はどうしても『マンガ家マンガ』は自分はガチにとらえてしまうという嗜好性もあるんですけどね…。


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 毎度ながら、このマンガはいったいどうなっているのだろう?



 いや、個人が展開させていく『マンガ家マンガ』であれば『俺はアナログに執着するぜ!!』というキャラはいいな~と思うし、リアルのマンガ家さんでもアナログへのこだわりが強い方は心理的に応援したくなる。


 でも、このマンガは『マンガ専門学校』という近代的な場所で全員が全員アナログというのは違和感を感じてしまう…。さすがにまずかんべよ。いや『便宜上』ってのは理解できるんだけど。この場合の『便宜上』は『スムーズに情報を伝える為』なんですが。


 さらにどんどん絶版になっている現状のトーンをイチから説明するというネタも『なぜ?』になる。昔っからマンガを生業にしている方は分かるけど、これからの若い人がそろいもそろって前世紀のコトをやっている…というのには『なぜ?』が拭えない。『トーンとは何か?』を知ってもらう配慮なのかもしれないけど、だとしたら第一話で『ネーム』に関する知識前提でストーリーが展開していったのは…?



 そして、そもそも登場キャラクター達から『俺はマンガ好きだぜ!!』が感じられない。ミケは結構感じたけど、他のキャラからはあんまり感じない。これは自分にとってはヤバい。その割にアリスは『実は私は』からの繋がりを連想させておいて『どうやら何もないらしい』という肩すかし感も『なぜそこに読者の関心を惹きつけるように仕向けた?』なんですよね。



 …とまあ、この作品に関しては開始前の予想通り『相性悪かった』です。『何をしたいか分からない』感じで。表面上は『ミケに勝つ』というのは分かるんですが、そのなぜが全く見えない。安定感が無い。ただ、先にも書いたように『マンガ家マンガ』に対しては気持ちが先行してしまうという自身の問題もあるんで、多分ほとんどの読者は楽しめる内容だと思います。


 この作品が面白く感じた時があったらまた記事にしたいと思います。できれば『そうあって欲しい』というのも本音で、楽しいマンガがあれば自分はとても嬉しいので。


宇都宮 勇

魔中年の書く、かなり結構ダメダメなブログです。週刊少年チャンピオンの感想記事をメインにやってます。

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