神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』 - 豚か狼か

書かせていただきました!!       神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』

神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』
06 /20 2017

 今世紀の突入と共にインターネットは爆発的に普及した。現在は2017年になって『生まれた頃から普通にありますよ』という方々も多くなっているだろう。


 個人的には『自分が生きている間にコレを上回るテクノロジーは無いだろうな…』と思えるぐらいにネットはスゴイ。



 マンガブログなどをやっているのですが、実は周囲はマンガが嫌いという環境でして、マンガキチガイな俺は『マンガについて心おきなく語れる環境が欲しい』ってガキの頃から思っていて、ネットはそれを可能にする道具でした。


 
 マンガブログ…と言っても、これを経由して有名になったり、それこそメイン収入にできる人もいます。が、実際のトコロとしては『そんなもんで現状で満足で、これからも維持できればいいな…』程度に考えてました。


 負け惜しみとも言えますが、しがらみが無い…という中でやっている今に満足しているし、それ以上に『これ読んだ人がマンガに興味持ってもらえたらいいな~』というコトです。人にはそれぞれの立ち位置による役割がある。自分はコレなんだな、と。



 そんな中で一通のメールが来ました。



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 『マトイ・ナデシコ単行本のオビコメント書きませんか?』と。



 やはり、こうしてカタチに残るのも嬉しいものです。これからも自分のやるコトには変わりはありませんが、これを一つの節目として、これからも『マンガは楽しい』を書き続けたいと思います。



 こんな滅多にない機会をくださった、神馬耶樹先生に感謝です!!




 …と真面目に書きましたが、実はこのオビコメントは面白&困難だらけでした!!イロイロ候補挙げましたが、とにかく酷いのばかりで、各方面から怒られそうなものばかり書いてたな~。




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よろしく!!(直球)            神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』

神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』
05 /20 2017


 アナタの記事には偏りがある!!公平で公正な内容にすべきです!!


 なんて言われたら


 しゃらくせぇッ!!と本宮ひろ志先生のマンガのように迎え撃つ!!ある訳ねぇだろンなモンは!!読まれている方が好きに読んでくれていいし、そんなコト言うなら自分でやってくれ…という感じで。フルコンタクト実戦マンガ記事を提唱している俺であつた。押忍!!



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 さて、イロイロすったもんだありましたが 神馬耶樹先生の『マトイ・ナデシコ』の単行本一巻が発売(5/19)されました。


 企画があったり


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 コミティアの同人誌から始まっていたり


 ひらふみ先生の『でり研』にギャルゲーとして登場してみたりとか



 …と長いことイロイロありましたが、マジで単行本出ました!!(ここら辺はあとがき参照)いや~、こう言っちゃうとナンですが俺も出ないんじゃねーのとか思っていたし、今もどこか現実味が無かったりする(酷い)。



 物語は



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 黒川纏と



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 秋津志摩子の二人が出会って進む弓道マンガです。そして、試し読みもありますんで、ぜひとも!!


 
 そして、気に入ったら即買ってね!!



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 イロイロとありまして、神馬先生のご好意でスペシャルサンクスにクレジットいただきましたので…。ええ。なぜ、このようなションベン臭い裏路地の居酒屋みたいなマンガブログに声がかかるかは謎なんですが(汗)。二巻も来月発売なんですが、イロイロありましてよろしくお願いしますとしか言いようかありません。



 これはもう100%のワガママですが、よろしかったらご購読お願いします!!なにとぞ!!


ニコニコ静画で読めます!!         神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』

神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』
11 /19 2016


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 当ブログでイチ推しの作品です!!   


 神馬耶樹先生の『マトイ・ナデシコ』がニコニコ静画で読めるようにになりました。



 マンガって『どれが一番偉い』というのが無くて『それぞれの良い部分が在る』というのが好きなんですが、この作品の魅力を一つだけ挙げると



 ネーム



 です。アニメで言うなら『絵コンテ』ですが、この作品は自分にとって『マンガはネームが命』という認識をより一層深くしてくれた作品ですね。マンガブログなんて言っても常々『教えてもらってる立場』でしかないんです。



 個人的には『三話目の使い方』がとても気に入ってます。一見『どんなスゴいのがくるかと思ったら普通?』なんですが、これが後々の展開でボディブローのように効いてきます。これがまた楽しい!!


 ぜひ、読まれてください。


正射必中      神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』

神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』
06 /22 2016


 意識の部分で変化してきたな~と思っているのは『過程』を重視するようになったコト。『何言っているんだ?結果こそ全てじゃないか?過程を評価して何の意味がある?』と言う方も居るだろう。俺もそうだったし。


 違うんだよね。違うんだよ……。


 それは『点』でしか物事を見てないんですよ。物事は連続して『線』になっているんです。結果というのは『一つの点』にすぎないんですよ。その結果において『過程』に何があったか?その結果が望むものだったとしても、それは『たまたま』であって、下手すると『間違った過程』を盲信しちゃう危険性もあるんです。


 弓道には『正射必中』という言葉がある。正しい過程を経れば必ず中る……というコトらしい。弓道経験は無いのでその言葉の意味する処は想像でしか無いのですが



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 弓道は『過程』を重視するところがスポーツ(あるいは武道としても)として最大の特徴ではないだろうか?


 『マトイ・ナデシコ』という作品を読むようになって、そう考えるようになった。



 さて、今回の『マトイ・ナデシコ』はきらりんが入ったコトによって部が翻弄される話ですが、馴染めないのは実質二人という感じで。各々のリアクションを自分と照らし合わせると面白いと思うのですが、まあ自分は部長タイプだったりする。『あ~。うるせぇな。早く居なくならネェかな』みたいな。


 また、纏の方はカエ先輩の対人スキルの高さに驚いてますが、これも分かる。仕方なく出る会社の飲み会とか、俺こんな感じだもん(最悪だ)。なんつーか、『たまたま一緒の職場』の集まりであんな感じにコミニュケーション成立させるの無理!!


 で、それがコミュ障とレッテル貼りするのは、まだ早い。これは『過程』なんです。


 そして、『どうしたらできるのだろう?』と考えるのは『正しい過程』だと思います。この作品においては纏は『常に悩みっぱなし』なんですが、それこそが『正しい過程』なんですよね。『好きな人と付き合えばいいじゃん』という考え方は『安易な結果だけ求めた』という意味でもあると思います。


 いわゆるスポーツマンガというカテゴリにまとめると『勝負して勝ち進む』というのがあるんですが、『弓道』というのを表現するとなると、『正射必中』の考え方から反れるという気もする。もちろん個々によって『弓道』の考え方は様々ではあるがチカ姉の言った『弓道はロマン』というのは『弓道は過程にロマンがある』というコトではないだろうか?



 まあ『結果こそ全て!!過程などどうでもいい!!』という極論を臆面も無く言う輩が増えた現代において、『過程』を重視するぐらいの柔軟さと言うか余裕があってもいいんじゃないでしょうか?






 ところで『マトイ・ナデシコ』という作品でいつもスゲーとかゴクリと唾を飲み込むのが『ネームの巧さ』だ。これまで当マンガブログでは様々な作品を取り上げ、その作品の『注目したい部分』を書いてきたつもりですが、『ネームの巧さ』(まあ、自分好みとも言えるけど)に於いて『マトイ・ナデシコ』はトップクラスの魅力がある。


 今回の特に注目したい部分は『開始早々の一発目』だ。


 スポーツとか趣味のマンガにおいて『説明描写』というのはとても難しい。下手すると読者の関心が一気に離れるからだ。だけど描かないと魅力が伝えられない…というジレンマが在る。今回の『マトイ』の場合だと『立ち方』なんですが、これを字面通りに並べて説明するとスムーズさがどうしても犠牲になる。


  『え!?なに?  ちょっと早い……』


 ……実はこのセリフを入れたコトこそが『巧さ』なんですよね。これで、読者の読み感覚をコントロールしているんです。このセリフが入ってないと『今回の内容が伝えられない』というコトなんです。


 マンガブログを始めた頃はネームやセリフの一つを気にするコトも無かったのですが、そうなったというコトは『正しい過程を経由している』とちょっとだけ自負していいかもしれない。ただ、マンガの魅力の前にはまだまだ勉強不足であり、自分は『ずっと過程の中』と思ってていたいですね。


教養…とは?      神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』  

神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』
03 /09 2016

 確かサンデーコミックスの『石ノ森章太郎マンガ入門』があって、確かに所持しているのだが、相変わらずどこにしまったか分からない。なので、記憶を頼りに。


 Q『マンガ家になりたいのですが、大学に行かずにマンガに専念したいと思います。この考えは正しいのでしょうか?』


 A『大学に行けるなら行った方がいい。そこで教養を身に着けてください。教養があれば一つの対象も多面的に見ることができます。マンガ家にはこれが必要なのです』



 ……という感じだったと記憶している。最近、よく考えることとして『教養とは何か?』というのがあって、結論からすると石ノ森章太郎先生の書かれたコトこそが『教養である』という気がする。ここで、誤解いただきたくないのは『知識』ではないコト。自分が思うに知識というのは『データ量』であり、教養というのは『それを使う技量』という関係性だと思っている。


 例えば、小学校レベルの算数であっても、理解力があればかなりの範囲でできる。そういうのに導く力が『教養』だ。


 ところが……


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 ところが……だ。どうもこの『教養』というのが軽視される方向になっているような気がする。黒か白・善か悪・イエスかノーの二元論になっているような気がする。当たり前だけど、イロイロな意見があるからイロイロな見方・選択肢があるんですが、それを『知識』だけ万能視するのはヤバい。『教養』もセットで考えなくては貧しくなる一方だ。


 さて、今回の『マトイ・ナデシコ』はここ最近のクエスチョンを一気に回収する気持ちの良い展開になってます!!それでいて自分の考える『なぜ教養が必要なのか?』に対する答えのようなコトが一貫して描かれているのも興味深い。


 前回からの『なぜ校長は弓道部を廃部にしようとしたか?』のアンサーですが、本当にバカバカしい。『MMR』のパロディでもしなきゃならないぐらいにバカバカしい。


 …なんだけど、『現実にある』よね、こういうの。それがどういう訳だか『校長』とかの立場にある人にがぎって(汗)。で、もしこういうヤツに出会ったら『ああ、勉強はできるかもしんないけど教養の無ぇアホだな』と警戒するのがいいでしょう。どうしても関わらなきゃならない場合は適度に流し、関わらないで済むならば『なるべき近づかない』が精神衛生上よろしい。


 で、逆に今回『あ、教えてもらったな』と感じるのが纏の『志摩子のリアクションへの発見』である。本編読んでいただきたいと思うのですが、自分ってこういう時のリアクションは『志摩子の側』なんです。全く気にしない。纏は聖人すぎると言ったけど、そんなことも意識しないで『まあ、いいか。それに収穫あったし』で済ませちゃうタイプなんです。


 …というコトは『纏みたいな考え方をする人も居る』というコトでもある。そういう多面性への理解こそが『教養』なんです。纏は部活を経由して教養が深まっているんですよね。


 さかのぼって石ノ森先生が何を言いたかったかと考えると『学校でそういう教養も身につけなさい。知識だけの場所じゃないですよ』というコトなのだろう。やはり石ノ森先生は知識も教養も深い偉大な方なのだ!!


 …と今回のマトイはここで終わらない。今度は新キャラの雪村さんです(以下きらりん)。今回で確信しましたが


 コイツ、アタマ悪いわ


 …というコト。ところがこのアタマの悪さは全く不快ではない。なんつーか『アタマが悪い方が楽しめる』みたいな。突っ走って、言いたいコトいって、臆せず、遠慮もしない、とにかく行動というアタマの悪さが良い。アタマが良い知識人はこんなコトはしないのだ。彼女は知識も教養も欲しがっていて……濁り無い欲張りさんなのだった。


 彼女の魅力的な部分は『人の長所に注目してしまい、自分もアタマが悪いなりに正当なルートを使って欲しがる』というコト。これ、本当に稀有な資質なんです。大抵の人間はできないコトなんですよ。きらりんは『行動しないと手に入らない』というのを本能的に知っているように感じます。


 そんな訳できらりんは一気にお気に入りキャラになりました。このマンガは本当にキャラがイキイキとぶつかり合っていて楽しいですね~。


 次回も楽しみ!!

疑問を持つ            神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』

神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』
01 /01 2016


 『機動戦士ガンダム』で主人公たちが命からがらジャブローに辿り着き、補給や今後の指示の為に滞留するコトになったが。途中で死んだ仲間リュウ・ホセイに対して軍からは『二階級特進』という書類上の処理だけであった。『二階級特進?二階級特進って……それだけですか?ボクたちが大変だった時に何もしてくれなくて、二階級特進ってそれだけですか?』と主人公・アムロはウッカリ言ってしまい、ブン殴られるはめになるのだが。その後の周囲の対応も含めてなんですが、当時は自分もそれに対して理解度が低かった。軍だけじゃない。戦争という異常事態に対して、周囲もおかしくなっている。


 疑問を持つ……というのは重要だ。疑問を感じなくなったら終わりだ。


 先日、某大ヒットアニメを一期&二期シリーズ通して観てみた。『なぜヒットしたのか知りたかった』というのが動機だ。確かに『面白かった』というのが正直な感想であるが、同時に『コレ、どうして納得してみんな観れるんだ?もちろんフィクションだからそういう約束事は分かる。ガルパンの戦車道だって突っ込みどころ満載だ。だが、ドラマの部分は全く納得できない。例えば……』と続けたトコロ、その作品のファンは『そういうものだから』と納得していた。その先を穿り返すのが都合が悪いように。多分、それに関しては俺の方が適合していないのだろう。ただ、ドラマが納得できないと楽しめないというのはイマドキじゃないね、とも思った。


 ああ、今のアニメ作品というのは『刹那的な楽しさ』が達成されればドラマを気にしないのか……と思った。だけど、同時に湧き上がる疑問……本当にそれでいいと思ってんの?


 とかく『正しい・間違っている』に二極化されやすい世の中ですが、俺はもっと感情まかせです。ハイ。そういうの嫌なんだけどという好き嫌いで物事決めます。


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 さて、今年の一発目は 神馬耶樹先生の『マトイ・ナデシコ』です。例によって『画楽の杜』にて公開中ですのでどうぞ。


 今回のエピソードは『部長・青木紫塚の団体戦への拒絶反応は過去に理由がありそうですが…?』というコトで、カエ先輩が語ります。


 さて、その前にカエ先輩だ。このカエ先輩のカラっとしたトコとか軽いノリとかありますが、四人の部員の中では最も大人というか精神的に熟成しております。常に周囲の雰囲気に気を配っていて、時として自ら道化を買って出るタイプ。こういう人というのは周囲が過小評価してしまうのですが、カエ先輩は『そういうのよりも実益を取る』という判断をしている。そういう思考を持っている時点で成熟している……と思っていいでしょう。


 以前も、纏の件で動きましたが、今回も先回りして『去年の部活動で何があったか?』を語ります。感覚的には『火災発生!!ボヤのうちに鎮火しないと』という感じで。そう、この人は面倒くさくなる前にサッサと率先して動いちゃうんですよね。ただ、それを手柄とせずにおどけた態度とるからあんまり評価されないんだけど、本人もそういうの嫌なんだろう。


 そういう意味では計算高すぎた……というのが今回のカギになっている。


 『賭博黙示録カイジ』(一番最初のシリーズですね)で利根川という男は『大人は自分の都合の悪いコトは言わない』という素晴らしすぎる人生訓を教えてくれますが(俺も知らないまま人生終えてる可能性も高かったし)、実際、カエ先輩も言わない。カエ先輩の目的は『ボヤのうち鎮火したい』というコトであり、納得させるために最小限の情報にしたかったから。


 が、こともあろうに志摩子の方が納得してくれなかった


 …というのが今回の『見どころ』です。カエ先輩もしたたかでおどけだ態度で『キャラが違う』とか購買部のパンの話に切り替えようとかしてましたが、この時の志摩子の『疑問を持つ』というのはとても大事なコトなんですよね。これに今回すごく共感した。


 実は今のマンガって、説明過多なトコロもあれば、逆に『これで読者が納得すると思ってんのか?なめんな!!』というのもあったりする。特にドラマに関しては『納得できない』というのが多い。今回の『マトイ・ナデシコ』で言うとカエ先輩の最初の説明だけで終わらせちゃうようなマンガもけっこうあるしなあ……。なんで、今回の志摩子に関しては何でこのコは俺と同じ疑問を違わずにカエ先輩にぶつけてくるかな?と思ったものです。


 少なくともマンガブログをやる、というコトは煙たがられていてもこういう感じに『疑問を持つ』というのは大事なコトであり、簡単に納得に至ってしまうのは『大人の思う壺』なんですよね。



 そして


 新キャラのアノ子はどうやら陸上部のようで、纏の『体幹の強さ』に疑問を持って、アクティブに調査をし始めるところに『あ、このコはバカキャラなんかもしんない』と微笑ましかったり。考えるより先に体が動いて、疑問を潰していくタイプは好きだなあ……。


 体幹というのか分からないのですが、自転車こぐようになってやたらドッシリしているヤツの感覚は分かった。片足立ちが『長く続けられる』ようになった。昔、『王貞治の一本足打法は力いっぱい押してもビクともしない』と聞いて『はて?』と思ったのだが、多分、あらゆるスポーツでのキモの部分なのだろう。


 『キックボクサーマモル』が高跳び選手からムエタイに転向したように、彼女も陸上から弓道に転向するのだろうか?マモルの必殺技がベリーロールソバットだっただけに、彼女も陸上競技から生まれた必殺技を披露するんだけど、真面目な部長に叱られそうですね。



地味にしかし大きな差がつくテクニック       神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』

神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』
12 /20 2015
 

 三巻以降の展開がちょっと合致しなかったので読まなくなりましたが『進撃の巨人』は絵が巧いと本気で思ってます。同じく『カイジ』などて知られる福本伸行先生も皮肉でもなんでもなく本気で巧いと思ってます。


 自分の目安は『とにかく伝わっている』というのがそれです。


 『進撃の巨人』は巨人が我々を襲ってくるという着想も素晴らしいけど、それを活かしたコト。例えばキレイな魚がいて……まあ、だから金魚なんて観賞するものだ。しかし、それは人間の立場だから。魚に飲み込まれるミジンコの恐怖感……これが『進撃の巨人』にあったと思う。


 マンガの絵というのは『伝わる』というのが大事で、テクニックはその為にある。当たり前だけど、意外に見過ごされていると感じます。『上手い下手』とか『売れる売れない』とか二極化で見られてしまう。マンガというのは絵が連続して成立するもので、その『繋ぎの部分』をコントロールするのが『表情』とかのテクニックに感じる。



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 さて、今回の『マトイ・ナデシコ』は新展開に入りました。例によって『画楽の杜』で公開中なので確認されたし……。


 部員集めがはかどらない中、紫塚先輩には触れられたくない部分があるようで……というもの。今回は『発端』の部分であり、ここら辺から読者に『どういう理由が?』と掴みにかかるのであるが。ここで注目したいのは『どうしてそういう気持ちに動いたか?』という部分だ。これがマンガのテクニックだ。


 『同じ話でも描く人によって全然違う』というのがマンガだ。よく『誰も見たこともないようなマンガ!!』というのがマンガ家マンガにはあるのですが、過去の大ヒットマンガを見ると『1から10まで全く新しい作品』というのは無いだろう。まあ、詰まるトコロはマンガは誰にも分からないのですが、『興味を持ってもらうように展開する』というのは描いている人は忘れちゃいけない要素だし、過去の大ヒット作は例外なくそれは優れている。


 そのテクニックの極意というのは自分は『ネーム』だと思ってます。要領得ない会話というのは聞くのが大変だ。『マトイ』という作品はネームがとてもスムーズに念入りに作られている。上記の画像などはまさに『ネット配信』という媒体を活かしたネームになっている。最近になってスマホに変えたのですが、ネット配信マンガって左から右にスライドしていくのですが、上記の画像の部分は本当に面白いネームになってます。




 そして、今回『マトイ』で注目したいのは『ユーモア』だ。


 『無敵鋼人ダイターン3』ではユーモアをやりたかったのですが、当時の製作レベルではうまくいかなかったと富野監督が言っていて、自分としては『ユーモア?それは俺の思っているユーモアとは違うのか?』と当時は思ったものでず(おおよそ15年以上前)。


 『ユーモア』というものの解釈として『ゲラゲラ笑える』というものだと勘違いしていた。今考えている『ユーモア』というのは『愛想』というニュアンスに近い。『ニコニコしている』とか『なんかしんどそう』とかが一瞬で伝わる描写という感じで。


 『マトイ』という作品は実は主人公・纏はとにかく表情が豊かだ。『ユーモア』がふんだんに盛り込まれている。伝わる。むしろ、それを多く持っていそうな志摩子・カエ先輩よりもあらゆる部分が描写されている。そして、今回は紫塚先輩ですが、これも『ユーモア』だ。


 紫塚先輩のこれまでの印象としては『しぶしぶとなんだかんだ面倒見の良い先輩』とか『アタマが良さそう』とか『大人びている』とかなんですが、今回初めて歳相応に感情的になる描写が入った。この『ユーモア』を入れるコトによってキャラに厚みが出る。


 そして、纏の方としても『自分が最近知ったように人にはイロイロな事情がある』という成長描写があるのも見逃せない。これが1ケタ代の話数で入っていたら『あれ?』となってしまうのだから。


 ちなみに神馬先生の単行本だと『発情オンナノコ』を読むとここら辺のユーモアに対しての試行錯誤があって面白い。自分が読んだところだと


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 『遊佐さんの天然回路』が『マトイ・ナデシコ』に色濃く受け継がれたような……。この遊佐さんはユーモアがタップリなキャラなんですよね。本当に画面のアチコチで愛想ふりまいてて楽しいキャラに仕上がってます。よし、俺も今から散歩に出てパンツを拾おう!!『そんな出会いがあつてもいいじやないか人間だもの  うつのみやゆう』


 まあ、イロイロ書きましたが、マンガというのは『人が読むもの』という前提のサービス業なんです。『なんかイマイチのめり込めない』という作品はユーモアが足りないのかもしんない。当たり前だと思われる要素かもしれませんが意外にユーモアに無頓着(特に新人さん)のマンガも多くて、『ちょっと自分を前に出し過ぎだな』とか感じられることもあります。コレ、地味に大きく差がつくテクニックなんじゃないかと考えてます。

納得の重要性         神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』

神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』
10 /20 2015

 『ウルトラセブン』の『勇気ある戦い』で出てきたのがロボット怪獣クレージーゴンだ。このロボットは目的が明確な為に戦闘力そのものは大したコトは無い。が、防御力だけはアホみたいにバカっ高だった。新型爆弾は通用しないどころか、セブンのあらゆる武器の一切がはじき返される。


 もちろん最後にクレージーゴンは破壊されるのですが、これが『誰もが予想できないアッと驚く方法』というヤツでした。ぶっちゃけ事前情報の一切が無いのでズルいのですが『納得』している。


 撮った監督は飯島敏宏氏。この監督は巧い。一見地味な作風ですが、複雑な情報も分かりやすく収納上手!そして『納得』をとても大事にしているように感じます。


 マンガ家マンガでは『誰もが予想だにしなかった面白いストーリー』が大事なように描かれますが、実はあれは嘘でもある。大事なコトをやすやす教える訳にはいかないからな~。俺が思うに『マンガの極意とも到達点』の詰まるところは『納得』だと思う。たんに意表突けばいいもんじゃない。奇をてらったり、エキセントリックであればいいんじゃない。


 そこに『納得はあるか?』だ。



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 さて、今回の『マトイ・ナデシコ』は前回の続きです。話が二転三転して、なんだか纏本人が『余興』に挑戦することになりましたが……?


 例によって『画楽の杜』にて無料配信中なので読まれたし。つーか、読んでから記事読んで(今回は遠慮なきネタバレなんて)。



 纏のヤツ!外しやがった!



 …これ、自分は『ああ、中るんだな』と思った。そう信じて疑わなかった。しかし、外れた。


 で、とても大事なコトなんですが『納得』していた。『中ると思っていたけど、外れるコトもあるというのをどうして疑わなかったか?』と。ここが今回は見所なんです。


 このブログを読まれている方はやはりマンガ欲求が強いと思いますが『確かに予想しない展開だけど、こんなのが見たかった訳じゃない』とガッカリした展開の作品もあっただろう。もちろんマンガというのはアナタ個人の為に存在している訳では無いが、腑に落ちないのも当然で。作品に対して一気に熱が冷めた経験はそれなりに読んでいる方ならあると思います


 もう一度書く。マンガ家マンガの『誰もが予想だにしなかったストーリー』は嘘だ。そこに『納得』がセットにされて初めて効果が出る。あれは同業者を蹴落とす為に作られた巧妙なトラップです。こうしてトラップにハマってしまうマンガ家さん(特に新人)が後を絶たないのだ。陰謀なのだ。


 が、困ったコトに『何を持って納得なのか?』に関しては俺は明確な答えがイマイチ出ない。他の方はどうか知らんけど『納得は感覚的な領域』だと思ってます。ただ、それを引き寄せる要素があるとするならば『あばたもえくぼ』に持っていくコトが大事だ。『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』になったら『納得』から遠ざかる。で、やっぱりそれは『地道&地味の積み重ね』というトコロに落ち着くんじゃないかな~と。


 そもそも『マトイ・ナデシコ』という作品に対して引き込まれたのが第三話だったりする。これは本当に後々まで効いてくる仕掛けだ。何しろファッションショーやってて弓道の一切が無い。『140°の世界』の回も弓道がほとんど出ない。一見、関係無いようでいて弓道にキチンと繋がっている。この纏の日常の全ての積み重ねが弓道に繋がっているのだ。


 今回もまた、纏の心理が綿密に描かれている。そして、外す。ただ、今回を読んだ方は納得していただいたと思いますが、このマンガは失敗推奨してます。失敗から得るものがある……この失敗の積み重ねが人を少しずつ成長させる、という考え方だ。やはりマンガ家マンガはキャッチャーであるだけに『誰もが予想だにしなかった面白いストーリー』を至上と掲げますが、そのセットである『納得』は日常との延長線上の共感なんですよね。


 もう一つの要素として『あっ、弓道って案外中らないんだ』というコト。弓道をマンガにすると大雑把に『中る』か『外れる』かの二つしか無い。これが他のスポーツマンガと大きく違う。俺が思うに一番マンガに向いているスポーツは『野球』です(但し、世界的では無い)。向いてないのは『競泳』で。それぞれのスポーツにはそれぞれの魅力があって優劣も無いのですが、マンガとの相性という観点で。


 これまで『弓道』を題材にしたマンガはありましたが、このハードルに阻まれているトコロがあるように感じる。どういう方法をとるか…というのは悩ましいところではある。『マトイ・ナデシコ』も部費を削らんとする生徒会との抗争へシフトし、最終的にはチカ姉ちゃんが『者共、生徒会室に火矢を放てい!!』と叫ぶコトもマンガ家さんによってはあるだろう。このマンガは『中るか外れるかならばそこに至るまでのドラマ』という方向で描かれてます。そう、ファッションショーもアジサイを見るのも全ては弓道であり人生というなの道に繋がっているんですよね。


 それにしても、このマンガもキャラがイロイロと分かってきましたが、志摩子って、キラキラの女子高生とは程遠いよな……。いや、志摩子ってモテそうな気はするんですよ。同学年の男子とかだと女子に幻想抱いている真っ盛りだし。だけど、この残念さが粉々に砕いてくれるなあ……。そこがいいんだけど。


 そして、カエ先輩はパンチ効いてますが『案外マトモ……というか真面目』という印象。例えば四人ぐらいでカラオケとか誘ったら付き合ってくれるけど、ここから先のハードルが高いという感じ。ガード堅いイメージで。


 青木先輩は『周囲から思った以上に評価されてしまうタイプ』なのではないでしょうか?このコ、しっかりしていそうで案外抜けているという気も。無自覚に言い方がキツい時もあるのは今回確認されたし。



 まあ、今回も長々と書いてしまいましたが『いろんな人がいて方法なんか定義づけられるもんじゃない。そして案外みんな失敗してそこから始まっているんだよ』というのが『マトイ・ナデシコ』という作品で、マンガ的にケレン味よりはジックリ地道を大事にしてます。それが今回の『外れた納得』に繋がっているのではないかな~。



 次回からは新展開ですが、果たして田子さん(二話参照)の出番はあるのか?




キチンと見ているか?        神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』

神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』
09 /09 2015

 キチンと見ているか?


 ……マンガブログをやっているうちにこのような疑問が常に押しかかるようになった。ネットというものが日常化して『一億総評論家』とも言える時代になってますが、自分はこの『当たり前』を忘れないようにしたいと願っている。


 恥ずかしい話ですが、ネットでマンガの感想を書き始めた頃は『なってなかった』と思う。単純に言えばレベルが低かった。にも関わらず『批評する側は万能である』という気持ちを持っていた。今からすれば何も分かってないし、何より視野が狭かった。


 だけど、やらないからには前に進まないというのも事実でバカなりに続けてきて良かったな、とも思います。これから先に今の自分を振り返ったときに『なってなかったな』と思えれば嬉しいし、それはその時もバカなりに続けてきたというコトなのだから。


 ちょくちょく書いてますが自分が思うに『人に与えられた唯一の平等は人は人を自由に値踏みして良い』というコトだと思う。だけど、それは同時に『自分も値踏みされてんだよ』という意味でもある。値踏みする際の考え方・積み重ねてきたもの。今だけで判断していないか……等々。一億総評論家の時代といえども『結局はあなた自身の値打ち』だと考えてます。


 そして、マンガというのは自分は『その作品の良いトコロに気付く』だと思います。一見、あんまり良くないなあ……という作品も将来性とか伸びるという部分に注目して楽しむんですよね。これが作者・作品によって全然違うんだわ。だからマンガは面白い。


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 さて、今回の『マトイ・ナデシコ』は『人は全然違います』という内容です(要約しすぎだろ)。


 冒頭にて、纏はチカ姉とカエ先輩のバトル勃発に動揺しておりますが……


 今回の見どころはメンバーがそろいも揃ってチグハグな考え方をしてます。纏が『カエ先輩に言わなきゃ良かった』といじけて自分の軽率さを後悔(=半ば自分を責めている)のに対して、志摩子は『自分だったらカエ先輩に怒る』とストレートに考えている。


 リアクションとしてはどちらが正しいのか?それを白黒つけないと気がすまない方は多いが、この『マトイ・ナデシコ』という作品はそう考えてない。『いろんな意見・考え方があって当然じゃん?』という感じです。その後も纏の事情を知っている青木先輩は『カエ先輩の軽率さにちょっと立腹』であり火種のカエ先輩は『とにかくカタつけちまおうぜ』というノリであり、あろうことか勝負に負けて纏をさらに追い込む有様だったり。


 じゃあ、悪いのはカエ先輩なのか?


 ……となると『それも違う』と思うんですよね。少なくともカエ先輩の行動があったからこそ『膠着』という状態が変化したし、彼女なりの善意(?)ではあるので。そして、そこから纏は腹括って『行動』に繋がった訳で。


 整理してみると……


纏の場合~弓道部が特別な場所になったし、志摩子と先輩たちに話せて気が楽になった。

志摩子の場合~いずれ何とか解決したい(友達として)

青木先輩の場合~いずれ何とか解決したい(部長として)

カエ先輩の場合~しゃらくせぇッ!!


 ……という感じだと思いますが、ここで注目したいのは『全員が現状のままで良い訳がない』と思っているコト。これの意志そのものが大事でキチンと見なきゃいけない部分なんです。この場合のダメであるとするならば『とりあえず聞いただけで何もしない』というコトなんですよね。ただ、世間的・組織的には『その方が良い』という側面もありますが。


 それを良いと思うか間違っていると思うか……値踏みはその人次第なのですが、同時に自分も値踏みされる側なのです。世の中にはいろんな人がいる。そんな『当たり前』をついつい忘れてしまうんですがね……。


 弓道描写として、今回は雑学がちょこちょこ入ってましたが、自分としては『あっ、やっぱり中てるの難しいんだ…』と思ったり。エアガンとかだと的ってバシバシ当たるけど、弓道は姿勢が大事なんですね……。そう言えば『艦これ』のアニメで経験者があーだこーだ言ったらしいンですが、セーラーマーズのフレイムスナイパーは誰も突っ込んでくれないのが悲しいぜ……。弓道警察の方にとっては格好の獲物なんだけどなあ……。ただ、この必殺技の誕生エピソードは屈指のデキなんで、むしろ注目集まってくんないかな…とか。俺はそう値踏みしてんだ。



 

健全        神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』

神馬耶樹『マトイ・ナデシコ』
07 /26 2015


 マンガのキャラクターで好まれる要素で絶対的に外せないのは『真面目さ』だと思ってます。


 極論しちゃうと、すげー極悪なキャラであっても『真面目さ』があるとグッと魅力が上がる。良い例としては『寄生獣』の浦上なんか自分は好き(もちろん現実に居たら嫌だが)。俺は感情の赴くままに殺し、下品な言動が目立つものでしたが『自分は何者なのだろう?』という疑問に対してだけは真面目であった。最終回で『答えてくれよ?俺こそがまともな人間なんだってな!!』という問いは妙に惹かれる。これが『フィクションの健全さ』だと感じてます。これで『俺は何者でもいい…』みたいないい加減な不真面目キャラだったらガッカリするものではある。


 品行方正=健全


 ……じゃないよな。つーか、フィクションの世界においてその図式を当てはめるならば『気持ち悪りぃ』という気がする。俺たちはロボットじゃない。清濁あわせてもちあわせているから健全なんじゃないかと。




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 で、これはひょっとすると自分とは平行線になると思うのですが、最近は


 品行方正=健全


 …と思っている方が多いのではなかろうか?特に拡声器使っちゃうような人には。



 さて、『マトイ・ナデシコ』も第九話目に差し掛かりましたがが、画楽の杜でぜひともどうぞ。今回は過去に苦手意識を作ったチカ姉さんが弓道部顧問としてやってきて……というものです。


 今回は例によって纏が悶々としたり、それに合わせてポジティブな志摩子も悶々としたり、カエ先輩は怒ってみたり、部長は淡々と状況分析したり、当事者のチカ姉さんは無自覚だったりしてます。


 あ~健全な内容だな。


 なんて思っちゃう俺ってそんなに変なんて思って無い。むしろ、纏が『謝ってください』と詰め寄ってチカ姉さんが『ハイ。モウシワケアリマセン』なんてなったら、そっちのが不健全なんですよね。だって『過程』が無いから。


 自分のマンガに関するあれこれというのはネットの無い時代に培われたものです。そういうものが無かったので、ひたすら足で探っていました。まだ、ブックオフみたいなのも無い時代だったので個人経営の古本屋をあちこち行ってました。そういう『過程』があります。今はネットがあるから『過程』がスッ飛ばせるのですが、じゃあ『今の自分になるのにネットがあれば短い時間でできたか?』というと『それは絶対に無いな』と感じます。一見、無駄に回り道しているようでいて、その『過程』はキッチリと今に繋がっているんですよね。


 で、『マトイ・ナデシコ』という作品は基本的に登場人物全員が弓道好きだと思うのですが、好きなコトって『ああ楽しかった』じゃ括れないんですよね。好きなコトしているのになぜだか面倒やら困難が必ずあるんです。それを描かないマンガ作品とかって不健全だと思うのです。『好きなコトであっても必ず嫌なコトはある』というのは絶対的なんですよね。


 そして、それらの諸問題はみんなで考えて少しずつ解決していく…というのが健全です。間違ってもいいです。その『過程』こそが最終的に『道』になるんで。『過程』というのは『無駄』じゃなくて『道』なのだと思います。そういう意味ではやっぱり『マトイ・ナデシコ』は『弓道』マンガなんですよね。


 ……とまあ、真面目ぶったコト書いてますが、こうして記事に書き続けたせいか最近は全てのキャラがかわいくて仕方ないという状態に。どのコも『え……?』というヌケサク要素があるんですが(部長もおそらくあるだろう)、これがいい。妙に人間臭さがある。『ゆうゆのクイズでGO!GO!』などで会話成立しているなんて残念にも程がある。付き合いが長くなれば長くなるほど愛着増すキャラクターというのはいいですね~。ただ、同時にこのマンガのキャラは『真面目』です。だから好きです。



宇都宮 勇

魔中年の書く、かなり結構ダメダメなブログです。週刊少年チャンピオンの感想記事をメインにやってます。

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