悪意を見る         松本豊『スメラギドレッサーズ』 - 豚か狼か

悪意を見る         松本豊『スメラギドレッサーズ』

松本豊『スメラギドレッサーズ』       
12 /01 2015

 『そういう嫌な展開やストレスなんか読者は求めてないんだよ』


 ……という類の言葉にハッキリと意志表示しておこう。


 俺は絶対にそんなの嫌だ。


 こんな言葉は送り出す側が以前は言っていたような気もするが、こともあろうに受け手である読者が言い出すようにもなったような気がする。そんのは俺は嫌なんだよ。例えば、作品でエグい描写。ストレス溜まる展開は嫌うのは人それぞれだ。文句もアリ。だけど、存在そのものを消すような考え方は認めたくない。好きなモノしか与えられないガキの将来に期待できる訳ないじゃん。


 特にマンガなんかとフィクションに於いて『嫌なコト』『ストレス』みたいなのを描かなくてどうする?なぁにが『読者は求めてない』だ。それは単なる保身でしか無い。そして保身というのは『知らず知らずのうちに最悪になる』ので、最も遠ざけなきゃならない。


 マンガで意欲的にストレスに゜なる悪意を描き、越えていく作品……こういうのが好きだ。



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 『スメラギドレッサーズ』の何が好きかって、つまりはそういうトコロだ。 『そういう嫌な展開やストレスなんか読者は求めてないんだよ』 という風潮に叛逆しているのがいい。叛逆である。先週の『BADBROS』に感化されてしまい、勇チャンの中では叛逆ブームが来ている(意味不明)。


 このブログを読まれ続けている方はご存知だと思いますが、自分の原点たるものは『昭和円谷作品』だったりする。これに関しては意欲的に描いていた。なんつーか『大人を逃げてない』という感じで。今はクソガキが悪さしたのを叱ったら、今度はクソ親がクレームつける時代であるが、フィクションというのは『叱ってくれる赤の他人』という役割はあると思う。そして、それに対しての返事は『ありがとう』であって、逆に理不尽にキレるというのは品格が無い恥ずかしいコトなんです。



 そして『スメラギドレッサーズ』という作品に於いて注目したいのは『悪意が現在に即している』というコト。初期の頃の『無自覚なエロ視線』とか『事なかれな人々』とか『危機に対して楽天的』とか。そして、今回の悪意は『自分の欲望の為に他人の人生を平気で壊すどころかむしろ良い行い』と考えているトコロとか『知ったと勘違いして相手に居丈高になる』というみうみうの悪意は実にネット社会に突入しての近代ならではの悪意だろう。そういうのを『そういう嫌な展開やストレスなんか読者は求めてないんだよ』 なんて思考停止して見てみぬフリをするのは『大人を逃げている』と感じるんですよね。


 ここ最近『スメラギドレッサーズ』は評判を上げてきているように感じる(ウチのブログで一番検索多いのよ)。それはもちろん嬉しいし、みんながこの作品を認めてほしいと思ってます。ただ、自分の中で『なぜ注目しているか?』と聞かれたら『今、最も勇敢な作品だから。勇敢な作品は讃えるべきだから』と考えてます。


 

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コメント

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「スメラギ」は好きなのですが、今回は特に好印象でした。
一話の内に徹底的な悪意を描き、それに全速力で反論させる気持ちよさ。
デビュー作読切から「回りくどい邪悪」を描いていましたが、この作品はエンタメ路線で画的にも「ぶっ飛ばせる」わけで、今の松本先生の持ち味がバチッとハマった印象の回でした。

前回のネームのごちゃごちゃ感には「どうなんだろう」となったのですが、
今回は話の密度の割にとてもスッキリしていたのも印象的。
筆が乗る回は乗りまくるような、割と気分屋の作家さんなのかも、などと思ったり。

ラストページのツカサ、以前宇都宮さんが指摘されていた、「くるぶし周り」の描写が丁寧になっているのに注目しちゃいました。

なんというか

> 筆が乗る回は乗りまくるような、割と気分屋の作家さんなのかも、などと思ったり。


 気分屋というか、今がガンガン伸びている時期なんでムラが目立つようにも感じてます。


 『くるぶし周り』もいいのですが、そろそろ『カキ氷型オパーイ』をなんとかして欲しいんです……(汗)。
 

宇都宮 勇

魔中年の書く、かなり結構ダメダメなブログです。週刊少年チャンピオンの感想記事をメインにやってます。

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