悲しさ             高崎ゆうき『もう女の子を好きになんてならない』        - 豚か狼か

悲しさ             高崎ゆうき『もう女の子を好きになんてならない』       

同人誌
05 /08 2016


 マンガブログやってて忘れないようにしているのが『やっているのは値踏みであって卑しいコト』という認識だ。いや、他のマンガブログさんが云々でなくて自戒の意味で。


 そして、その値踏みに関してですが『点数』とか『他作品からの優劣』という考え方では無い。イロイロな人に良い部分がそれぞれあるように『その作品の良い部分を見るようにする』というのを心がけたい。世の中には大ヒット作品があって……まあ自分が出版社の立場の人間ならばイコールそれが良い作品ともなるんですが、自分は『その作品の資質』を見るようにしている。


 で、マンガ家さんにもイロイロとタイプがある。そして『まだ秘密のベールに包まれている何かが発芽しそうだな』と感じているマンガ家さんもいて、ちょっと恐れていたりもする。



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 自分にとって高崎ゆうき先生はそんなマンガ家さんの一人だ。


 さて、今回はコミティアでゲットした同人誌『もう女の子を好きになんてならない。』です。いわゆる『百合モノ』となるのですが、やはり高崎ゆうき先生らしさを感じる一本だ。


 翻って、高崎ゆうき先生はキュートな女の子が前面に出ている作風ですが、作品別にイロイロと変化させてくる柔軟さもある。最近出た『わたしのご主人様は人間じゃない気がする』と愉快なマンガになっている。が、個人的に超絶お気に入りである『むげんのみなもに』(全二巻なんで読みやすいよ!!)はなかなかにドロドログサグサだったりする。


 が、自分が惹かれ恐れているのが『悲しみを描く』というのに積極的なトコロだ。


 『悲しみ』


 自分の土台とも言えるのは『ガキの頃にやっていた30分のジャリ番組』というのがあって、そりゃ激減したとは言え、今でも存在はする。が、それは禁忌している題材でもある。『悲しみなんて今でも描かれているじゃん』と言われりゃそうなんだけど、『誰かが死んだ』とかそういうダイレクトなヤツでなくて、『端っこの悲しみ』みたいなそういうの。日常の端っこ。


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 この『もうなん』(今勝手につけた略称)の場合ですと、せーか先輩(正式に書かれて無いのだけど、静花とか聖香とか?)はガチ百合な人ですが、そんな自分が端っこという自覚もあり、過去の苦い経験から『遠ざけよう』としていましたが、後輩のマキちゃんは積極的に絡んでくるので困惑してしまう……というものです。



 これは『どこにでもある悲しみ』なんですよ。


 自分に置き換えると『マンガというのは無くても大抵の人は困らない』というのを理解しつつも『それに執着してしまう』というのはオカシイとか感じてます。まあ、これは世の中の脅威にゃならんのだけど、それが『異常性癖』だったり『殺人願望』とかだったらたいそうやべぇな……と。


 たまたま、人の迷惑にならないだけで大抵の方には『そういう異常』の一つや二つはあるだろう。


 高崎ゆうき先生の作品は『フト忘れてしまうそういう悲しみ』を刺激するのが惹かれる。そして恐ろしい。そして、今のマンガは『描いちゃいけない』んですよね。『読者は求めてない』という大正義の元に。


 でも、俺は読みたいんだ。そういうの。で、そういうの描いてくれる人がいれば『ああ、描いてくれたんだ』と嬉しい気持ちが広がる。


 そういう『悲しみ』を『無かったコト』『存在しないモノ』として禁忌する方がイビツだと思うんですよね。


 ただこの『もうなん』は同時に『世界はそこまでアナタを見放してはいませんよ』というような着地点なので、オススメでもあります。


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宇都宮 勇

魔中年の書く、かなり結構ダメダメなブログです。週刊少年チャンピオンの感想記事をメインにやってます。

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