渡辺航・弱虫ペダル・第411話『夏の日』 - 豚か狼か

渡辺航・弱虫ペダル・第411話『夏の日』

渡辺航『弱虫ペダル』&『弱虫ペダル SPARE BIKE』
08 /08 2016


 『アナタはワタシを否定した!!人格無視だ!!人格否定だ!!』


 ……とか騒ぐ人っているけど、アレなんなの?俺はそういうのには近寄らないようにしている。そういう人はどういう訳は自分に敏感な分、他人に鈍感だからである。多分、同属嫌悪ってヤツだよ。


 まず『否定されて当然』というのが大前提だ。



 俺の場合だと、周囲がマトモなヤツで固められて……特に家族・親類は大衆娯楽というのにサッパリ興味の無い人たちで、特にマンガというのは『読めばバカになる』『恥ずかしいもの』と思っていたし、おそらくそれはハズレでは無い。ずっと、そんな感じなので『周囲からの理解』というのは最初から諦めているし、たまに妙にドライなトコロ(非人間的みたいな)を指摘されるのはそのせいだろう。


 ただ、肯定的な空気というのはそんなに大事なコトだろうか?少なくとも自分は否定の方が燃料になるなあ……。



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 そして、『肯定されるというのはとても危険』という側面も持ち合わせている。



 今週の『弱虫ペダル』は『唯一自分を肯定してくれる優しいお母さん』というのがあって、それは大抵の人にとっては『御堂筋くんの美しい思い出』であり『現在に至ってしまった悲しい思い出』ともなるんだろうけど、自分の場合は違う。



 俺はこんな風に肯定されていたら、今の自分にはなれなかったし、無気力なダメなヤツになっていた



 ……と思い、吐き気にも似た気分の悪さを感じる(作品の否定じゃねーかんな。念の為)。



 マンガ家さんもイロイロと経歴がありますが、知ってみると『周囲は否定的だった』とか『周囲はそういうものに興味無かった』とか『放任されてきて、絵をひたすら描いていた』とかが原動力になっている人も多い。



 コトを成すのにあたって『肯定的な環境』というのを妄信過ぎやしないか?という危険性を感じている。それは点で見る人生観だと思う。俺は人生は線だと思っている。肯定的な環境は時としてとても危険な状態に導くのだから。



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宇都宮 勇

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