幼稚性            沖田龍児『ヤバい女に恋した僕の結末』 - 豚か狼か
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幼稚性            沖田龍児『ヤバい女に恋した僕の結末』

週刊漫画TIMES
12 /24 2018


 こうやってマンガブログやってられるのも、昭和のウルトラシリーズが『自分の根っこ』であったからというのがあるんですが、やはり『ウルトラマンが好きなんて幼稚だな~』と言われたことは多々あるし、これを読まれている方の中にも、そう思っているという方も居るだろう。



 まあ、でも、それが根っこだから仕方ないじゃん。



 …という風に感じられるようになるにはオッサンになってましたが、同時に『幼稚性ってなんだろう?』ってコトに対しても思うコトがある。



 『好きな対象が幼いもの』が幼稚性を決定するものでは無い。思うに『でもそれは自分のコトなんだ』と受け入れられずに『何かのせい」にするコトが幼稚なのだと思うのです。




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 このブログで度々取り上げてます、沖田龍児先生の『ヤバい女に恋した僕の結末』ですが、この作品は『読者を考えさせる』という方向の面白さが良い。石ノ森章太郎先生の本に『一つの対象からイロイロ拾えるようになれ。それが教養だ』みたいなコトが書かれてあって『そうありたい』と思っているのですが、この作品は『それに特化している作品』である。




 Q 叶奏の何が『ヤバい』のか?


 A 幼稚性ですね。




 …というのが現時点の自分の感じるコトだ。作品でも随所に『叶奏の不幸な過去』を臭わせる描写が散りばめられている。『だからそうなった』とも言える。だけど、それでも『自分の人生として受け入れる』というのが大事である。相応の年齢になったらそうならなきゃいけない。なぜなら嘆いて不幸の性にするのは『何の解決にもならない』からであり、善処するのが大人の務めなのだから。



 居たとしたら神様は畏怖する存在ではあるけど、『多分それは、見続けているだけ』だと思うし、間違っても『何かを叶えてくれる存在ではない』とも思うのです。間違っても神様に責任を転嫁しちゃいけない。人は『でもそれは自分のコト』として諦めなきゃならないんだから。




 それにしても鷹野は災難だな~。そういう意味では明らかに彼は大人であった。大人であったから『同類の叶奏にも、だからここで終わりなのは理解できるよな?』って感じだったし、おそらく多額の手切れ金なんかも要求すれば出しただろう。それが自分に課したペナルティでありルールなのだから。


 彼自身が大人であってその常識にあてはめてしまったのが失敗であったのだな…。






 
 
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宇都宮 勇

魔中年の書く、かなり結構ダメダメなブログです。週刊少年チャンピオンの感想記事をメインにやってます。

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